【Nuituber(ヌイチューバー】

 尾上猛は今、自室のベッドの上で頭を抱えている。
 開いていた窓から、セミの鳴き声が聞こえてくる。うるさく感じ、苛立ちをぶつけるかのように、窓をぴしゃりと閉めた。

(デートに誘いたいのに、小遣いがこれじゃあ少ない。なんか楽に稼げることないかな……)

 ベッドに倒れこみ、頭を枕に載せて、天井を見つめる。
 あれこれと考えるものの、何も浮かんでこない。
 そんな時、玄関のインターホンが鳴った。

 家族は出かけていて留守中。そのまま猛はベッドから動こうとしない。暑さ故のだるさと、性格ゆえの面倒さが合わさり、居留守を使うことにした。

 しかし、インターホンのチャイムは、鳴りやまない。むしろ、連打されている。

(このしつこさは、汐里か……)

 身体をよっと起こして立ち上がり、自室を出て階段を下りる。
 リビングでインターホンの画面を確認すると、そこには隣の家に住む、幼馴染である若槻汐里が映っていた。
 猛はぼそっと呟く。

「よりによって、悩みの種が来たよ……」

 知っている相手に居留守を使うものどうかと思い、猛は玄関のドアを開けた。

「やっほ~、暇してるから来ちゃった☆」
「お前は暇でも、俺は暇じゃないんだよ! 崇高な考え事をしていてだな……」
「それで、本音は?」
「小遣いを増やせないかと考えてた」

 汐里は話を聞きつつ、「お邪魔しま~す」と言い、靴を脱いで玄関を上がった。
 猛には既に、汐里の行き先はわかっている。猛の部屋である。
 汐里が階段を心地よいリズムをトントンと刻み、上がっていく。
 猛はその後を、気重そうについて行く。
 猛の部屋のドアは開かれ、汐里はベッドに座る。

「それで、お小遣いを増やせそうなアイデアあった?」
「いや、ないよ。あっても教えないけどな」

 そう言い放つ猛に対して、汐里はぷくーっと、頬を膨らませ、眉間にしわを寄せる。

「ひど~い! あたしはいいアイデアがあったら、猛に教えてあげるのに、猛は教えてくれないんだ?」

 不貞腐れる汐里に、猛は理由を答える。

「いやだって、教えて汐里が一緒にやったら、お互いがライバルで小遣いの取り合いになるだろ?」

 汐里は両腕を組み、目を瞑る。そして、何度か頷いた

「うんうん、そうだね。猛の言うこともわかるわ。じゃあ、あたしが考え付いたアイデアは教えないということに……」

 そこまで汐里が話すと、猛は縋り付いた。

「すまん! 訂正する! いいアイデアがあるなら教えて!」

 そんな猛を見て、汐里はニヤリと笑った。

「Nuituberになるんだよ!」
「は?」

 突然、汐里がわけわからんことを言い出したので、猛はついていけなかった。
 その様子を見た汐里が、「鈍いな~」とぼやきつつ、補足説明をしてくれる。

「Nuituberなら、自宅でもちょっとした隙間時間にできるでしょ? それで稼げばいいんだよ!」
「はあ……」

 現実味のないアイデアに、猛は生返事をする。
 その様子に汐里はムキになった。

「あ~! 信じてないね!? あたしだってNuituberをやっているんだから!」

 疑問に思う。Nuituberをやるには、初期投資が必要ではないのだろうか?
 お金が欲しいのに、お金を使うとか、本末転倒である。

「あのさ? 色々と用意をしないとできないんじゃないか? そんなお金ないし」

 そういう猛に、汐里はチッチッと人差し指を振った。

「スマホ一台でできるんだって」
「マジで?」

 そこまでスマホも進化したのかと、猛は感心する。

「それなら早速教えてくれ!」

 お金欲しさに、気が焦る。猛の両目には、「¥」が映っているようだ。

「それじゃあ、レイティーってアプリをインストールして」
「レイティー?」

 なんとなく聞き覚えのある名前に、猛は記憶を辿る。答えに辿り着く前に汐里が説明をした。

「Nuituberのアプリの一つだよ」
「ああ、あれか」

 レイティーで配信をする、レイバーと呼ばれる人たち。人によってまばらだが、月に何十万と稼ぐ人もいるらしいが、猛は眉唾に感じている。
 とりあえず、インストールを終えて、早速アプリを起動する。

「なんかSNSと連携しないとだめみたいなんだけど?」
「猛のチョイッターと連携すればいいじゃん。あたしもチョイッターと連携しているよ」

 そこで猛はふと思う。

「……汐里もやってるの?」
「うん、やってるけど?」
「……ちなみにいくら稼げてる?」

 その問いに、汐里は頬に手を添えて、考えて答える。

「一、二万くらいかな?」
「マジで!?」

 一瞬、猛は言葉に強い反応を示したが、すぐに冷静を取り戻した。

「それって、何時間もやってだろ?」
「いやいや、毎日決まった時間に、一時間くらいだよ?」
「マジで!?」

 驚きのあまり、猛は同じ言葉を繰り返した。
 そして、ブツブツと呟く。

「えっと……一万円として、三十日で割ると……」

 そんなことを呟いていると、汐里が横から口を挟んだ。

「約二十日だよ? 土日は視聴者が少ないもん」
「二十日……二十で割ると……五百円!? 時給五百円って少なくないか?」

 猛を見つめつつ、ケタケタと笑う汐里。

「そんながっつり仕事をしているわけじゃないし。単に雑談したりしているだけだよ。まあ、遊びながらお金を貰えているから、貰えてラッキーって感じだね」
「なるほど」

 汐里の話に、猛はなんとなく納得してしまう。

「配信は何時がいいとかある?」
「ん~? 夜の八時くらいとかかな? みんな仕事から帰ってご飯を食べ終わり、くつろいでる時間」
「そっか……後でやってみるわ」

 ひとまず、Nuituberのことは置いておき、意中の女の子との会話を楽しんだ。

***

 猛は夕食を終えると、ひとまずベッドに寝転ぶ。
 スマホを手にして、レイティーを起動する。
 初期設定を終えて、いよいよ肝心の、アバター設定に取り掛かる。

(外見次第で、収入が違ったりするか?)

 まずは性別を決める。そこで猛は考え込む。

(外見が女性の方が、人気出るのか? でも、声が男性だと、引かれそうな気もするな? それなら、いっそのこと、男性アバターの方がいいか)

 猛は、スマホを操作して、アバターの髪、顔、衣装、色などを決めていった。
 アバターの名前は、『たけぞー』にした。

「よし! これでオッケー!」

 期待のあまり、猛は思わず声に出た。
 早速、配信を始めてみた。

「こんにちは」

 そう言ってみたものの、視聴者の欄を見ると、まだ誰もいない。
 まあ、ここから増えていくだろうからいいかと、しばらく待つ。
 だが、なかなか人が配信部屋に入ってこない。

 さらにしばらく待って、やっと一人の視聴者が現れた。ハンドルネームは『きのこのこ』
 猛は期待に胸を膨らませ、挨拶をする。

「こんにちは。たけぞーです!」

 だが、相手の反応はない。コメントもされないし、いいねも押されない。
 とりあえず、自己紹介をしてみる。

「初配信です。コメントやいいねをくれると嬉しいです」

 すると、ピコンといいねがついた。
 猛は、そのまましどろもどろであるが、会話をする。しかし、話題がつきてきた。
 視聴者に、話を振ってみることにする。

「『きのこのこ』さんは、今日はどのように過ごしましたか?」

 話しかけてみるが、しばらく静寂が続く。返事が返ってこない。
 そのままコメント欄の反応を待つが、新たにコメントがつくことがない。

(『入室』のメッセージがあって、『退室』のメッセージがないからまだいるはずだ。何か盛り上げないと!)

 そう思った猛は、自分の趣味や、学校生活のことを話したりした。
 だが、『きのこのこ』の反応はない。視聴者数は『1』になっているのだが、シャイな人なのだろうか?
 そう思っていると、次の人が来た。

 次の人は、『おりぴ』さん。

「『おりぴ』さん、こんにちは!」

 すると、いいねとコメントがついた。
 コメントには『初めまして。こんにちは』と書いてある。
 反応に喜び、猛は気を取り直して自己紹介から話始める。
 だが、その後の反応は無反応。
 自己紹介や趣味。今日の出来事など、再び話すも話題がつきた。

 視聴者数を見ると『2』となっている。二人ともまだいるはずだ。
 猛は話題に頭を抱えて悩んだ。その結果、自分がレイティーを始めたきっかけを話してみた。

「僕がレイティーを始めたのって、お小遣い欲しさなんですよね。彼女……ではまだないけど、好きな子とデートしたくて。バイトも考えたけど、隙間時間にできるレイティーがいいかなって思って……」

 そこまで話すと、コメントが書き込まれた。

『好きな子いるんですね? どんな子ですか?』
「隣に住んでいる、幼馴染なんですよね。昔から好きだったけど、なかなか告白の勇気が出せなくて。それでデートを何回かして、少しでも距離を縮められたらと思ってます」

 そう言うと、コメントに反応はなくなった。視聴者人数を確認するが、『2』のままである。
 恋バナがいいのかと思い、そのまま自分の想いを話してみた。だが、誰もコメントをしてくれない。
 最後の方はぐだぐだになり、配信を終わらせた。

***

「あ~、初配信、全然ダメじゃん!」

 ベッドに寝転び、ぼやく。

 すると、インターホンが鳴った。

 母さんが出たようで、話し声が僅かに聞こえる。
 そう思っていたら、階段を上ってくる音がしてきた。

(ん? 誰だ?)

 猛がそう思っていると、猛の部屋のドアが、ガチャリと開いた。
 そこには、汐里が立っていた。
 猛は汐里の顔を見た途端に、苦情を入れる。

「おい! レイティー、全然だめじゃね~か! 時間を無駄にしたぜ!」
「そっか……まあ、基本的に女の子の方が人気あるから、男の子には難しいのかもね」

 そんなことを言いつつ、猛は疑問に思う。いつもずかずかと部屋に入ってくる汐里が、ドアの所に突っ立ったままで入ってこない。
 猛は入るように促す。

「何、ぼーっと突っ立っているんだ? 入ったらどうだ?」

 そう言うと、汐里はもじもじして、頬を赤くしている。

「猛って、アバターのハンドルネームを何にしたの?」
「ん? 『たけぞー』だけど?」

 そこで猛は思った。『たけぞー』という名前が、視聴者受けしなかったのではないかと。
 そんなことを考えていたら、汐里は更に顔を真っ赤にした。

「汐里、顔赤いぞ? 熱でもあるんじゃないか?」

 心配になり、猛は汐里に近づき、汐里の額に手をあてる。

「熱はないみたいだな」

 そんな心配は見当違いなのか、なぜか汐里はプルプルと身体を震えさせている。

「どうした? なんかあったのか?」

 質問をしてみると、汐里は言いにくそうにしている。
 言いやすいように、気楽そうに言ってみる。

「俺と汐里の仲じゃん。悩みがあるなら相談に乗るよ」

 そこまで言うと、汐里はわずかに口を開いて、言葉を紡ぐ。

「『おりぴ』ってあたしなんだよね……」

 リンゴのように真っ赤な彼女の顔から、猛は状況を察した。
 猛の顔も赤くなり、部屋は居た堪れない空気が漂った。

コメント

  1. 通りすがり より:

    可愛らしい話ですね。
    オチも予想できましたし。

    ただ、ご自分の中ではどんどんストーリーが進んでいるのでしょうが、読者としては「?」って感じのところもあるので――。

    前振りは短めにして、『Nuituber』の説明を簡単に挿入して(tuber、なのでなんとなく配信サイトだとは思うのですが)、早めに『たけぞー』と『おりぴ』さんが『Nuituber』で絡むともっといいんじゃないかと思いました。そこがメインのお話なんでしょうから。
    「初めはお互いが知り合いだと気づかないけど、次第に明らか」になってゆけば、もっといいお話になると思います。

    上から目線で申し訳ありません!
    応援しています!

    • 藤谷葵 藤谷葵 より:

      感想ありがとうございます。
      オチは予想できてしまってよかったのだろうか……?
      読者さんによっては『予想通りの結末』が好みの人と『予想を裏切る結末』を好む人に分かれそうで、この辺は難しいですね

      確かに配信がメインです。もうちょっと二人の配信での絡みが多かった方が良かったのかもしれませんね。
      この作品を書いたときは、『短編をどんどん書かなきゃ!』と焦っていた時期ですから、雑になったという自覚はあります。

      短編ではなく、中編くらいで書いた方がよかった物語かもしれませんね。

      上から目線にはなっていないので大丈夫です。
      むしろ、貴重なご意見をありがとうございます。

      今後も応援よろしくお願いします。