サバンナ

オリジナル作品

 日差しが強く草原は乾燥している。低木が多少ではあるが所々に生えている。ここはどこだ?なんで俺はこんなところにいるんだ?そして俺の身体はどうなってしまったのだ?そう思いつつも喉が渇くので水場を探して彷徨う。
 しばらくさまよい続けると遠くにキラリと光るものが見えた。このサバンナで光るものと言えば太陽の光が水に反射して輝いたとしか考えられない。足早にその光源を目指して歩いて行く。思った通りにオアシスがあった。
 水を飲んで喉の渇きが消えたところで、水鏡に映る自分の姿に驚きを隠せない。まるでファンタジーの獣人の姿であった。見た目はどうやらネコ科のようだ。 近くにある低木の木陰で日差しから身を守りながら、自分に何が起きたのかを思い出そうとする。だが、何も思い出せない。自分が元は獣人ではなく人間だったということと別の世界から来たということだけで、名前すらわからなかった。

 思い出せないことをこれ以上考えても仕方がない。自分にそう聞かせて今後のことを考える。この世界に人間がいるのかどうかはわからないが、少なくとも自分が獣人であるならば、獣人がいる可能性はある。村などがあればそこに助けてもらうことにしようと思った。このオアシスを離れることを不安に思いつつも立ち上がり辺りを見渡す。だが、見渡す限り乾燥している草原ばかりが見える。途方に暮れつつ遥か彼方に見える山を目指して歩くことにする。山ならば自然の恵みが実っているだろうとの考えである。
 しばらく歩くが山は一向に近づく気配がない。お腹が空くので時折見かける蛇や昆虫を捕食する。野生の本能なのか蛇を食べることに違和感はなかった。
 歩いていると人影らしきものが見えた。だが、その人影は倒れている。人間が倒れていると思い、慌てて駆け寄る。だが、その人影も自分と同じく獣人だった。生きているのか確認して生きていれば助けようと思い、手を伸ばす。
 どうやら自分とは種族は違うようだが肉食系の獣人のような姿であった。そしてしなやかなボディーラインが女性的であった。相手が衰弱しつつもこちらを怯えた目で見ていることがわかる。なぜ怯えているのかを理解するのに数秒を要したが自分も肉食系の獣人だからということに気づいた。とりあえず自分の背中に負ぶう。相手は抵抗する力もないほどに衰弱しているようであり、そのまま身体を預けた。
 またしばらく歩く。ただし、自分が目指していた山とは真逆に進み振り出しに戻っているが……。自分より小柄とは言え、背中に女性を負ぶっているので夕日が見えてきた頃に先ほどのオアシスに辿り着いた。女性を水のそばに連れて行き自分の手で水をすくい飲ませる。獣人の女性は弱弱しくコクコクと飲む。水を飲むことで少しは喉の渇きと体力が戻ったのか、少し怯えつつ質問してきた。
「どうして助けてくれたの?」
その問い自体が俺には疑問であった。元は人間だったのだから緊急時に助け合うのは当たり前だが、このサバンナのような場所では弱肉強食が常識の世界なのかもしれない。俺は悩みつつ答えた。
「助けたかったと思っただけでそれ以上の理由はない!」
その言葉を聞いて安心したのか彼女はにっこりと笑った。まだ体力の回復しきれていない彼女を近くの木に寄りかからせて座らせた。オアシス周辺で食料になる昆虫を探した。そして、それを二人で分け合いつつ食べた。
 食事の後、彼女が寄りかかっている木の近くにある別の木に俺も寄りかかった。その様子を見て彼女は立ち上がり俺の方に寄ってきた。
「どうした?」
疑問を口にすると彼女は俺に寄り添うように隣に座り、頭を俺の左肩にもたれかけた。
「夜は気温が下がるから」
そういう彼女の頬から日中の日差しとは違う熱を感じた。俺は彼女に目をやると心なしか彼女の左頬は、ほんのり赤みをさしているように見えた。その彼女の姿を見て何となく照れ臭さを感じたが、彼女の温かみを感じつつ眠りについた。
 翌朝、まだ時間は早いが日差しの暑さで目を覚ました。隣に居たはずの彼女の姿が見えない。この世界に来て初めて知り合った人物がそばにいないことを不安に思いつつ辺りをキョロキョロと見渡す。すると少し離れたところで何かをしている。俺はほっとしつつ立ち上がり彼女の方に足を運んだ。彼女がしゃがんで何かをしているのを覗き込むとトカゲを捕まえていたようだ。俺に気づいた彼女は
「あ、起きたね。おはよー」
「ああ、おはよう。何してるの?」
「食料集めてたんだけど?」
何当たり前のことを聞いているのだろうと思ったのか、首を傾げつつ不思議そうな顔で見つめられた。
「ああ、そうか。一人でやらせてすまなかった」
「いいよ。お兄さんはあたしのことを助けてくれたし。恩返しだよ」
お兄さんという響きでこの子は歳が近いのか?と思わず異性として意識してしまった。
急に恥ずかしくなりその意識を隠すように言った。
「俺も食料探し手伝うよ。いや、俺も食べるのだから手伝うではなくてやるが正しいのか」
昨日は本能的にヘビや昆虫を捕食していたが、会話をすると現実の世界を想像するせいか、トカゲを食べるということに今更の違和感を感じた。二人でせっせとトカゲやら昆虫、時折水辺に来る小鳥を捕まえて捕食した。
「ミーアキャット族もワイルドキャット族も食べる物がほとんど同じだから食料を探す効率がいいね」
「どっちがミーアキャット族でどっちがワイルドキャット族?俺、記憶がなくてよく覚えてないんだよね」
違う世界から来たと言っても理解して貰えないと思って記憶がないことにした。
「あたしがミーアキャット族でお兄さんがワイルドキャット族だよ。お兄さん記憶がないって何かあったの?」
「それすら思い出せないんだ」
「そか……なんか悪いこと聞いたかな。ごめんね」
「いや、平気だから」
そして、暑い日差しを遮るために、木陰の所に二人並んで座り朝食を摂る。
「君は今後どうするの?」
「仲間と合流したいけど探せるかなー?」
と彼女が何の不安もなさそうに軽い口調で言った。それもそのはず。彼女にとっては大自然で生き抜くことは生まれた時から当たり前のことで、別世界から来た俺とは根本的に育ちが違うのである。
「それなら俺も君の仲間を探すのを手伝おうか?」
「いいの?嬉しい。ありがとう」
その微笑みに胸がドキドキした。

食事を終えると早速彼女の仲間を探すことにした。ミーアキャット族がどのような所に住む傾向があるのかを聞くとどうやら地面が乾燥してひび割れたような所らしい。昨日目指していた山の方向を指差して
「向こうの方で君は倒れていたよね?どの方向に向かっていたの?」
「あの山が岩や乾いた土の山だと思って向かったんだけど、実際に辿り着いたらそこそこ草木が生えていて、ミーアキャット族が住むような場所ではなさそうだったから引き返したら遭難したんだよ」
「じゃあ、あの山が草木で茂っているのなら、ここから反対の方に向かえば乾いた大地があるかもしれない?」
「うん。その可能性を考えて歩いていたんだけど方向がわからなくなっちゃって」
てへへという感じで笑う。俺は周囲を見渡して目印になりそうな地形を確認する。似たような地形なので直感的ではあるが……。
「じゃあ、あの山とは反対方向に行ってみるか!」
そう言うと彼女も嬉しそうに頷く。暑い日差しの中、二人で歩き出す。しかし歩けど歩けど景色が変わる様子はない。先ほどまでいたオアシスのような所がこの先にあると良いのだが……。二人で歩きながら途中でトカゲを捕まえては食べる。現時点では二人とも体力的には問題ないようであった。彼女はともかく、元々は人間だった俺でもこの焼けるような日差しに何とか耐えられる。夜になるとお互いに身体を寄せ合い眠りにつく。そんなことが数日続いてようやく乾いてひび割れた大地に到着した。嬉しいだろうと思い、ふと彼女の顔を見た。だが、複雑そうな顔をしている。俺の胸中に不安が押し寄せる。
「ここじゃなさそうだったか?」
「あ……いや、探してみないとわからない。行こう」
彼女が何を考えていたのかわからないが、とりあえず辺りを見渡しながら、再び歩き始めた。
歩いていると途中でヘビに出くわした。彼女は悲鳴を上げて青ざめる。俺は慌ててヘビを殺した。俺は疑問を口にした。
「どうした?ヘビが怖いのか?」
「ヘビはミーアキャット族には天敵なんだよ。それも忘れちゃったの?」
自分が本能的にヘビを捕食していたのでわからなかったが、ミーアキャットは逆にヘビに捕食される側らしい。
「大丈夫。何が起きても俺が守るから」
「……ありがとう」
彼女はモジモジしながらお礼を言った。
また周囲を調べ始めるが、どうやら部分的な干ばつ地帯で、その周辺はまた草原が続いているだけのようであった。
念のために更に進んで行く。するとオアシスに辿り着いた。そこで休憩を取り眠りについた。

 翌朝、目を覚ますと既に彼女は朝食の為の狩りをしていた。俺も起き上がり狩りを始める。そしてある程度狩ると二人で食事をする。食事を摂った後、更に進んで行く。だが、辿り着いたところは断崖絶壁の海であった。俺たちは今までの苦労をやるせない気持ちでオアシスまで戻る。すると彼女は提案した。と言うよりも告白であった。
「このオアシスで一緒に暮らしませんか?ここなら食料にも困りません。」
そして顔を赤らめながら続けて小声で言った。
「貴方のことを好きなんです。数日の短い間ですけど、貴方の優しさに心救われました。一緒に居たいんです」
俺は期待はしたが現実になるとは思ってもいない驚きと嬉しさで、内心舞い上がっていた。
「先に言わせてごめん。出来れば俺から言いたかった。君のことが好きだ!一緒に暮らして下さい!」
「はい」
彼女のくりくりとした大きな瞳から涙が零れた。
この世界で唯一出会い、好きになった彼女と共に人生を送った。

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