【心薫りづく喫茶店(第五章)】

「あ~、もうこれで何社目だろう……」

 大学四年生になり、就活をしている。だが、書類選考で落ちてしまう。
 気落ちして、足を引きずるように、ぺたりぺたりと歩いていく。
 今、朱里が向かっているのは、証明写真撮影機。

 撮影機の中に座り、鏡に映った顔と、残っている写真を見比べる。

「う~ん? 写真写りが悪い気がするんだよね」

 鏡に映る自分の顔を、あちこちの角度から覗き見る。

「なんか撮り直してもダメそう!」

 両手を挙げて、まさにお手上げ状態。職に就いている人たちを羨ましく感じ、ひょこっと、証明写真のカーテンを捲り、辺りを見渡す。

(あっちの人も、こっちの人も働いている。どうやって職につけたんだろう?)

 失礼なことだが、『顔で決まりました』という感じではない。だが、人事担当に男性が多いイメージがあり、受ける側が女性の場合は、顔で判断していそうな気がしてしまう。
 まあ、顔に自信はないが、少しでも見た目の印象も良くしたい。

 溜息を一つ吐くと、視界に喫茶店が目についた。

「ちょっと気晴らしにお茶でもしよう!」

 朱里は『芳香喫茶』という名の喫茶店のドアを開けた。
 チリンとドアベルが鳴る。それと同時に、女性店員らしき人が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。

 朱里は店内を見渡す。ちょっとレトロな感じの喫茶店。カウンター席とテーブル席の間には、上部がガラス張りの仕切りがある。レトロな感じが、ちょっとお高そうなお店感を醸し出す。

 店内をきょろきょろしながら、朱里はカウンター席に座った。

「ご注文は何になさいますか?」

 その言葉を聞いて、ドキリとする。就活中で、お金はケチりたい。郵送料とか写真代とか、積もり積もってばかにならない。かと言って、それを言葉にするのも恥ずかしい。
 店内のメニューを探してきょろきょろしていると、店員さんがお薦めをしてきた。

「ハイビスカスティーとかいかがですか?」

 あたしは急に声をかけられて、思わず「はい」と答えてしまった。

「かしこまりました」

 店員さんが背を向けている最中に、頭を抱えて悶絶する。

(朱里は安いものでよかったんだよ! なんで朱里はそんなの頼んだんだ!)

 後悔するも、もう引けない。諦めて、店員さんが置いてくれたお水を飲んだ。

 お水を飲んでいると、鼻から体内へと香りが入り込む。コップを置いて、なんだろう? と辺りに目をやると、可愛らしいアロマポットが仄かに灯っていた。

「紗耶香ちゃん、ご馳走様」

 テーブル席のお客さんが帰って行く。紗耶香ちゃんと呼ばれた店員さんが、そのお客さんをお見送りしている。

 朱里は再びお水を飲みながら、内心で「朱里のハイビスカスティーはどうした?」と訴えかけると、お見送りを終えた紗耶香さんが振り返り、目が合ってしまった。朱里は慌てて視線を逸らした。

 再び、紗耶香さんは朱里に背中を向けて、仕事をしている。その背中を眺めつつ、どのようにしてこの仕事に就いたのかが気になってしまう。

 そんなことを考えていたら、紗耶香さんが振り返った。

「お待たせしました。ハイビスカスティーです」

 コトリと置かれたティーカップ。中にはまるで、宝石のルビーが液体にでもなったかのように、綺麗な赤。

「あ、ありがとうございます」

 軽くお辞儀をして、上目遣いで見る。ネームプレートが目につき、そこには『香園』と書いてあった。

 朱里は、ハイビスカスティーを口にしながら、その店員さんの名前を心の中で読み上げる。

(香園紗耶香さんか……)

 口にすると、酸味を感じる。初めて飲んだので、予想外の味ではあったが、不思議と嫌ではない。

(朱里は酸っぱいのが苦手なはずなんだけどな)

 せっかくお金を払うのだから、大切にちょびちょびと飲む。すると、紗耶香さんの手が空いたのか、話しかけてきた。

「ハイビスカスティーには、むくみを取ったり、ビタミンが含まれていたりして、美容にはいいんですよ」

 紗耶香さんは、ニコリと微笑む。そして、付け加えて、アロマの説明もしてくれる。

「今、焚いているアロマオイルは、ローズオットーでして、顔写真が魅力的になりますよ」

 その言葉に、朱里はドキリとする。今の心境を見透かされているような気がする。いや、たまたまだろう。だが、落ち込み気味の朱里の口が、勝手に動いてしまう。

「じゃ、じゃあ、この後に写真を撮ったりしたら、いつもより綺麗に撮れますか?」
「はい、撮れますよ」

 自信たっぷりに答える紗耶香さん。初対面だが、藁にも縋りたい状況のせいか、その言葉を信じてみたくなった。

 朱里は、真っ赤で綺麗な液体を飲みながら、「あたしもこのハイビスカスティーのように魅力的になれるのかも」と安心感を感じた。

***

 お店を後にして、再び証明写真撮影機の中に入る。ローズオットーとハイビスカスティーの効果が切れるまでに、朱里史上、最高の証明写真を撮りたい。

 中に備わっている鏡で自分の顔を眺めると、心なしかむくみが取れているような気がする。

(気のせいかもしれないけど、なんかイケる気がする!)

 朱里は気合を入れて証明写真を撮った。まあ、気合が写真に写ることはないだろうけど。

 そして、その証明写真を応募書類に使う。応募書類を、祈りながら郵便ポストに投函した。

***

 一年後。
 朱里……いや、私が『芳香喫茶』のテーブル席で、いつものハイビスカスティーを飲んでいると、ドアベルがチリンと音を立てた。

 私は、その音に反応して、入店したお客さんに視線を向ける。リクルートスーツを身にまとった、就活中らしき女性。

(あ~、なんか懐かしいな。一年前の私もあんな感じだったのかな?)

 そんなことを思い出し、口元がくすっと綻んでしまう。

 壁掛け時計に目をやると、思い出はすぐさま頭の中から消え去った。

(いけない! そろそろお客さんと会う時間だ!)

 私は残りのハイビスカスティーを一気に飲み、『芳香喫茶』を出た。

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