中学校へ通う、望月愛菜。人とのコミュニケーションが苦手で、いつも一人クラスで浮いている。
そんな愛菜の心休まる時間、心休まる場所。それが旧校舎のトイレである。
旧校舎は立ち入り禁止となっている。だが、愛菜はお昼休み、クラスに居場所がないため、その人の寄り付かない旧校舎へお弁当を片手に、トイレへと向かう。
『人の寄り付かない旧校舎なら、トイレでなくて空いている教室なり廊下で食べればいいじゃん!』
そんなことを言われそうだが、教室は全部施錠されている。廊下は掃除がされておらずに、埃まみれだし、ごみも落ちている。お弁当を食べる場所を探した結果が、なぜかまるで清掃されているかのように、一番綺麗なトイレの個室であった。
いつも通りにトイレの個室でお弁当を広げて、食べようとする。
「頂きます」
手を合わせてそう言い、お弁当を食べようとした、すると、開けっ放しのドアの目の前に、女学生が立っていた。
愛菜は一人寂しく便所飯を食べているのを見られ、恥ずかしさとこの後馬鹿にされるのではないかと、顔を赤くしたり青くしたりしていた。
「そのお弁当……美味しそうだね。一口くれない?」
その女学生の思わぬ発言に、ぽかんと口を開ける。
「あ、ああ、うん、いいよ」
愛菜はそう言うと、お弁当のおかずを分けてあげた。何をあげようかと思ったけど、インゲンの胡麻和えや、ひじきの煮物では、あまりにも質素であろう。そう感じた愛菜は、メインであるチキンの照り焼きを一切れお箸で摘まみ上げる。
「あ~ん」
女学生は、ひな鳥の様に、大きく口を開けて待っている。愛菜は戸惑いを感じつつ、その口にチキンの照り焼きを押し込んだ。
その女学生は、とても美味しそうにもぐもぐとしている。そんな彼女を見ていて、今更ながらに愛菜は気づいた。
女学生の制服が愛菜と同じではない。少し古いデザインの印象がある。そんなことを感じていると、女学生はお礼を言った。
「ご馳走様。このチキンの照り焼き。良い感じに甘辛いね。しょっぱすぎず、甘すぎず」
「はあ……」
愛菜はそれだけを口にしたが、内心では嬉しかった。この子は私と向き合ってくれている。そしてなにより、お母さんが作ってくれたお弁当を、美味しいと言ってもらえた。
そんな些細なことに、心の中に温かさを感じた。
「それじゃあ、またね」
彼女は手をひらひらさせつつ、去っていく。
愛菜ががっかりしていると、彼女は個室の前に顔を再び出した。
「私の名前は花子。よろしくね」
名前を告げて、彼女は去っていった。
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