【ゲーム・オブ・キングス】

【1】

「次の四時限目は、田中先生が急遽早退することになったので、自習とする!」

 教室内には、鈴木先生の声が響き渡った。その後に歓声が沸き上がる。

「やった!」
「やったじゃない! 自習だ、自習! ちゃんとやれよ」

 そう言うと、鈴木先生は教室を後にした。

 私、塩崎飛鳥は、これ幸いにと一人黙々と読書を続けている。読書と言っても、授業で使っていたVR機器、スマートギアを使って、読んでいるのだが。
 そんな浮ついた教室の中、陽キャの河原火文香と八木沢留美子の声がキンキンと聞こえてくる。陰キャな私とは正反対の人種。
 河原火さんが、クラスメイトに提案してくる。

「クラスのみんなで、『ゲーム・オブ・キングス』をやろうよ!」

 クラスメイトは、河原火さんの所に集まる。

(陽キャは苦手だな……)

 そのまま読書をしていようとすると、八木沢さんが、私の腕を引っ張ってきた。

「全員参加だから、塩崎さんもやるんだよ」

 カースト下位は、カースト上位に逆らえない。やむを得ず、読みかけの所にブックマークをして画面を閉じ、河原火さんの所に私も集まった。

【2】

「じゃあ、男子と女子に分かれて対戦しよう!」

 河原火さんがそう言うと、みんなが「賛成」と手を挙げている。私も同調しておくべきかと、控えめに手を挙げる。
 八木沢さんはというと、あみだくじを二つ作っているようだ。
 『駒』を決めるために、男子と女子の分をそれぞれ作っているのであろう。
 そして、いよいよ男女それぞれがあみだくじを引いていく。私は参加自体に引いているので、後ろの方に隠れるようにして、最後の方に引くことにした。
 全員が選び終えると、いよいよ『駒』の結果発表をされる。線をなぞっていき、みんなが一喜一憂した。
 そして、私の選んだところの番が来た。私はなぞっている線を目で追っていき、行きついた先は『ポーン』であった。

(ポーンか……ナイトがよかったな)

 ポーンは捨て駒イメージ。私らしいと言えば私らしいが。
 まあ、ポーンはプロモーションという、他の駒に代わることができるルールがあるので、その時にでもナイトになればいいか……。

 駒が決まったところで、早速全員お行儀よく席に着く。……と言っても、クラス全員がこれから自習ではなくて、ゲームに集中するために席に着いたのだが……。
 スマートギアを使っているときは、身体を動かすわけにはいかない。そのためしっかりと椅子に座っている必要がある。
 その為、教室の椅子は昔ながらの木の椅子ではなく、ゆったりとしたまるでゲーミングチェアのような、まさにこれからやろうとしていることに適した椅子である。

 私はゲームにログインをした。
 自分の姿を見つめる。ポーンはユニコーンの革の鎧に包まれている。一番ランクが低いとはいえ、ユニコーンとは贅沢に感じる。まあ、プロモーションという特徴があることと、他のキャラよりもみすぼらしいと、見た目のバランスが悪いからであろう。
 ナイトはミスリル製のチェーンメイルに各部にミスリルアーマーがついている。ビショップはローブを纏い、肩にはダマスカス製のショルダーアーマーを装着している。ルークと言えば、イメージ通り頑丈で、アダマンタイトのフルプレートメイルを装備している。
 クイーンとキングに関しては、細かな装飾がしており、クイーンはオリハルコンを編み込んだ戦闘用ドレス。キングはオリハルコン製のフルプレートメイル。
 武器に関しては、ポーン、ナイト、ルーク、キングは剣による近接戦闘で、ビショップとクイーンは魔法による遠近両用である。ただし、魔法は詠唱が発生するので、近接戦闘が得意というわけではない。間合いを詰められると、詠唱する暇がなくなる。

 辺りの自軍を見つめると、みんな気合に満ちている。そんなことを思いつつも、私もわくわくしている。
 両陣地ともフィールドは森になっている。ただし、木や地面の色はそれぞれの軍の色と同じ色をしている。つまり、男子陣営は黒一色になっており、女子陣営は白一色になっている。味方は識別できるように普通に見えているが、相手は全身イメージカラーで見える。男子から見た女子は、白一色である。
 白一色の私たちは自分の領地にいるときは、背景も白いのでカモフラージュになる。ところが、キングを倒すためや、プロモーションを行うためには、相手の陣地に入る必要が生じる。その際、相手陣地は黒一色なので、当然白い私たちが侵入すると、ばれやすくなる。
 普通のチェスみたいに、動きに制限はなく、バトルをする感じだが、一撃当たりの攻撃力は全員同じなので、下位が上位を倒すには、当然手数が必要となってくる。
 準備時間のカウントが終わると、空中に『ゲームスタート』と表示された。

【3】

 私を含め、ポーンはスタートと同時に、相手陣地をめがけて走り出した。ポーンのままだときついので、なるべく早くプロモーションをしたいからである。
 他の子たちは、数で押し通そうと考えたのか、団体で前線へと向かう。
 その反面、私はその団体とは離れて、ソロで前線へと向かう。理由は団体だと、目立ちやすいからだ。ポーンのまま戦闘するよりも、まずはプロモーションをクリアしてから、戦闘に取り掛かる方がいい。私は無我夢中に黒の陣営を目指した。

 境界線に差し掛かる。白一色だった景色の先に、黒一色の森が広がっている。ここをなんとか通り抜けなければいけない。

(いつも通り、ほふく前進で行くか……)

 私は地面に伏せて、じりじりと進んでいく。自分の陣営だと狭く感じたが、緊張感により、黒の陣営の方が広く感じる。
 プロモーションラインの半分くらいまで来たところだろうか? 急に男子の叫び声が聞こえた。

「おい! 白が入り込んでいるぞ!」

 この言葉にドキッとした。私が見つかったか? それとも他の誰かか? 選択肢は二つだが、やることは一つである。
 私が見つかった場合は、ピンチなので、一気に走り抜ける。他の子が見つかった場合は、チャンスなので一気に走り抜ける。
 私は立ち上がり、走り出した。

「逃げるぞ!」

 声の主は私と同じくポーンの、高橋君だった。自信がないのか、援軍を呼んでいる。そこへ、ナイトの風間君と、ビショップの佐藤君が合流してしまった。
 移動速度や攻撃速度は、現実の運動神経プラス、経験である。このゲームの経験者である私は、移動速度が速い。木々やビショップの攻撃を躱しつつ、プロモーションラインを目指す。
 後から追いかけてくる三人は、運動神経は別に良いわけではないし、経験もなさそうだ。まあ、運動神経に関しては、私も人のことは言えない。
 走っているとプロモーションラインが見えてきた。

「よし!」

 走りながら、私はプロモーションの選択画面が出てきたときの為に、画面表示予定位置に手をかざしておく。
 そして、プロモーションラインを越えた。
 プロモーション選択画面が表示された。私は素早く指を動かし、ナイトを選択した。

「しまった!」

 男子の悲鳴とも言えそうな呟きが聞こえてきた。私の身体は光に包まれて、ミスリル装備のナイトとなった。

【4】

 光が収まると、男子三人が呆然としている。

「え? ナイト? クイーンじゃない?」
「塩崎はチェスがわからないんじゃないか?」
「これなら楽勝だな」

 三人は、私がクイーンにならなかったことにほっとして、油断している。私はその油断を利用して、ポーンの高橋君に奇襲をかけた。

「ぐあっ!」

 剣を数撃振りかざし、ポーンを倒した。それを見たナイトの風間君と、ビショップの佐藤君は緊張しつつ身構えた。
 私は相手が緊張で全力を出せないうちに、ナイトの風間君に切りかかった。
 力では押し負けてしまうので、相手の剣は全部受け流した。合間に魔法の詠唱をビショップが始めるので、ナイトの隙をついては、詠唱をキャンセルさせるための攻撃を仕掛けた。
 予想外だったのか、二人は余計に焦り始めた。私はその焦りを見逃さずに、ナイトを先に倒し、そしてその後、悠々とビショップを倒した。
 ビショップとクイーンのソロは、正直怖くない。詠唱をキャンセルさせてしまえばいいのだから。
 アナログのチェスだと強い駒だが、この仮想世界だと経験値が物を言う。

 戦闘後、キングになった河原火さんから、ショートメッセージが飛んできた。
 『敵が総攻撃をかけてきた。前線は戻れ』
 私はショートメッセージを閉じて、その指示を無視する。
 『敵が総攻撃をかけてきた』
 つまり、それは敵陣営も防衛が少ないということだ。私は敵陣営を慎重に移動するが、黒のキングの姿が見つからない。総攻撃ということは、キングも前線まで上がっている可能性がある。

(チャンス!)

 私は、敵陣営から戻りつつ、敵を黒のキングを探した。

【5】

 黒い森から白い森に入り込んだ。自分の陣地に入るとほっとする。相手からは、白い私は見えづらい。
 少しすると、剣を交えたり、魔法を詠唱する声が聞こえてきた。私はその方向へ駆け出す。
 黒が見えたら、しゃがみこんで、黒のプレイヤーを観察する。
 するとその一番背後、つまり私にもっとも近いところにキングがいた。

(よし!)

 私は乱戦による混乱に紛れて、キングの一条君に襲い掛かる。オリハルコンのフルプレートアーマーの為、かなり手数が必要である。

「おい! 後ろからも来たぞ! 誰か俺を守れ!」

 黒のルーク、稲葉君が来た。他は前衛で戦っているために、こちらに来れないようだ。
 ルーク、キングの二人対ナイトの私の戦闘。厄介なことにルークもキングも近接戦闘タイプである。
 キングほどではないとはいえ、ルークは強固である。どうせ手数が必要ならば、キングを倒してしまうべきであろう。
 二人と剣を交える。ある程度受け流しているが、たまに相手の剣がかすめていくので、ひやひやする。だが、この緊張感がたまらない。
 私はテンションが上がったことにより、攻撃速度が上がる。相手の攻撃を捌く確率が上がり、更にキングに攻撃を与える回数も増えていった。

「チェックメイト!」
 
 私が最後の攻撃をキングに与えると、キングはポリゴン片となって消えた。
 すると、残っていた全プレイヤーの目の前に、『ウィナー・ホワイト』とメッセージが表示された。

「「「勝った!」」」

 女子の黄色い歓声が響き渡る。男子たちは、悔しそうにログアウトし、女子も徐々にログアウトしていった。
 私は勝利を噛み締めていると、頭に衝撃が走り、目を開けた。

「……おい、塩崎、何を遊んでいるんだ?」

 どうやら、出席簿で叩かれたようである。
 辺りを見渡すと、私より先に戻った人たちは、『自習のフリ』をしていた。

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