【この恋は推すわけにも退くわけにもいかない】

【1】

  私の名前は春木八重(はるきやえ)。休み時間、学校の教室で、後ろの席に座っている親友の、神北千聖(かみきたちひろ)に話しかける。

「ねえねえ、今日も花畑(はなばた)さん、可愛いね〜」
「……はいはい」

 いつものことなので、軽くあしらわれた。やれやれと言った感じで、提案してくる。

「八重、花畑さんのこと好きなら、早く告白したら?」

 私はピンと硬直して、頬を赤くする。

「いや……それはちょっと……いきなりは……ね?」
「じゃあ、いつなの? 告白以前に仲良くすらなってないじゃない」

 私は両手の人差し指をもじもじさせつつ呟く。

「……いや……仲良くはある……はず」

 自信なさげに、過去のことを思い出す。
 高校入試から帰る時、天気予報は外れて雨だった。
 当然、天気予報を信じた私は、傘を持っているわけがない。
 校舎の玄関で途方に暮れていると、花畑さんが、折りたたみ傘を差し出してくれた。

「駅まで一緒に帰りませんか?」

 電車に揺られつつ、二人で話をする。今日の試験の出来具合は勿論のこと、話をしていたら、家の最寄駅も一緒であった。
 中学校が違うだけで同じ市内。
 花畑さんの可愛いさと優しさに、運命の出会いを感じた。
 残念なことに、花畑さんとの接点は、ここだけである。
 クラスは同じになったものの、いつも同じ中学校だった子達と一緒にいる。
 そんな私の回想を遮るように、千聖は私の顔の前で手を振る。

「お〜い、妄想から帰ってこ〜い」

 千聖の声で現実世界に戻された。……いい所だったのに。
 私はプイッと不貞腐れる。そんな煮え切らない私にイライラしたのか、雑な提案をされる。

「だったら、八重の好きなアイドルの、夜弦セナ(やげんせな)の話題でもしてくれば? 八重は普段真面目すぎるから、そういうミーハーな所も見せた方がいいよ」
「……いや、ミーハーじゃないよ? セナ君は私の嫁よ?」
「そういう思考が、ミーハーでしょうが」

 千聖は呆れ顔をして答える。そして、指差す。その方向は、花畑さんの方。何かと思い振り返る。
 花畑さんが、一人きりになった。ひょっとして、話しかけるチャンス?
 そう思い、親友を見つめると、右手の握り拳の親指を立てた。
 私は頷き、席を立ち上がった。
 つかつかと、花畑さんの席に行き、第一声。

「こ、こんにちは」
「こんにちは」

 明るい笑顔を返してくれる。クラスメイトでありながら、この他人行儀の距離感がおかしいと感じたのか、少し笑いを堪え気味である。
 恥ずかしさで、顔が熱く感じる。そんな私を気遣ってか、話題を振ってくれた。

「春木さんと話すのは、久しぶりな気がするね〜。入試以来だっけ?」
「う、うん」

 覚えてくれていたことに、嬉しくて頷く。
 私も何か話題を振らねばと、先程の親友の言葉を思い出す。

「花畑さんは、推しいる? 私は夜弦セナ君なんだ」

 そう言った途端に、彼女の形相は鬼のようになった。

「は? セナ君はあたしの嫁よ!! 断固同担拒否!!」
「は? セナ君は私の嫁よ!! 同担拒否はこっちの台詞だよ!!」

 ほんわかしていた空間が一転して、バチバチと火花の散る睨み合いとなった。
 その時、次の授業を知らせるチャイムが鳴って、険悪状態のまま席に戻った。

【2】

 席に戻ると、先生が来るまでの間、机に突っ伏す。

(終わった~!! まさか、花畑さんがセナ君の推しとは……)

 後ろから、つんつんと、千聖に突っつかれる。何事かと思い、顔をあげると、目の前には先生が立っていた。

「春木にしてはめずらしいな? 俺の授業を聞く気はないのか? 廊下で立っていてくれてもいいぞ?」

 いつの間にか授業が始まっていた。なんでもっと早く教えてくれなかった、千聖!
 私はぶんぶんと首を横に振り、先生に返事を返す。

「い、いえ、授業受けます!!」

 先生は、再び授業の内容を口にしつつ、教壇に戻った。
 今日の授業は終わり、放課後になった。いつも通り、千聖と一緒に帰る。
 だが、いつもと違うことが一つだけある。

「千聖~、どうしよう。花畑さんに嫌われた」

 千聖は私の頭を撫でつつ、答える。

「いや、今聞いた話だと、あんたたちの推しが問題なんでしょ? 推しのこと以外なら、また普通に話せるんじゃないかな? 花畑さん優しいし」
「そ……そうかな……?」

 そんなところに、花畑さんが一人で下校している。

「お~い! 花畑さん! 一緒に帰ろうよ」

 私は千聖のその発言に狼狽える。だが、花畑さんの反応は意外なものだった。

「うん、いいよ」

 笑顔で即答してくれた。のだが……。
 只今、電車の中。
 千聖と花畑さんが会話をしつつある中に、私も入り込もうとすると、物凄い視線で射抜いてくる。

(ちょっと! 千聖! 気づけよ! 花畑さん、全然普通の会話もしてくれないじゃない! それどころか、睨まれているんだけど)

 各自の家の最寄り駅に辿り着き、途中の道から花畑さんは別の道へと別れた。
 手を振ってみたものの、どうも千聖にしか手を振り返していない角度に見える。
 花畑さんの姿を見送った後、私は千聖に呟く。

「めっちゃ怒っているんだけど、どこが普通の話ならしてくれるって?」
「え? そう? 普通に楽しかったけど?」
「それはあんたからしたらでしょうが! 私には呪い殺さんばかりの視線を送っていたわ!」
「あはははは、どんまいどんまい。そのうち、怒りも収まるでしょう」

 楽観視している千聖とも別れて、自宅に帰った。そして、二階の自分の部屋に向かう。

「ただいま~」

 両親共働きで、一人っ子の私は、誰もいないと分かっていても、私を待つべき物、いや、待つべき人に対して、挨拶をした。
 着替えを済ませると、小さなぬいぐるみを手に取って、今日の出来事を話す。

「セナ君……花畑さん、ちょっとひどくない? セナ君のこととは別の話題で話をしようとしたのに、全然私と話をしてくれなかったよ」

 そんな中、葛藤する。花畑さんは嫌な感じの人なのだろうか?
 いや、入試の時の彼女はそんな感じではないし、クラスメイトたちからも人気はある。
 やはり、『同担拒否』が問題なのであろう。

(推しを取るか、恋を取るか……か)

 だが、私は首を横に振る。

(いや、セナ君は私の嫁だし、花畑さんがセナ君から退いてくれればいいだけだ)

 そんなことを思ったが、あの彼女の様子だと、とても退くとは思えなかった。

【3】

 気分転換に、コンサートに行くことにした。前から予約を入れていたもの。前の方が取れたので、ラッキーと思いながら。
 まあ、気分転換でなくてもコンサートは行くんだけどね。
 そして、コンサート当日。
 行列からやっと会場内に入り、自分の席を探す。そして、席を見つけると、隣には既に座っていた人がいた。

「隣、失礼します……」
「は、はい」

 ちょっとしたマナーのつもりで声を掛けたら、なんと隣の席が花畑さんであった。花畑さんはバツが悪そうな顔をして、反対を向く。
 私は、口を結んで自分の席に座る。色々な意味で緊張するコンサートとなった。
 そして、コンサートが始まり、セナ君が登場した。
 歓声が上がる中、私も負けじとペンライトを振りつつ、応援をする。

「「セナく~ん!!」」

 隣の席の人とハモった。もちろん、花畑さんのことである。お互いに見合わせる。だが、セナ君が歌い始めたので、血みどろの戦争にはならなかった。

「「キャ~、セナ君!! もっとこっち来て!!」」

 また顔を見合わせる。なぜ同じセリフが被るのだろう?
 コンサートはファンを狂わせる。
 最後の方には、私と花畑さんは興奮しつつ、両手を繋ぎ、セナ君に歓声をあげていた。
 コンサートが終わり、謎の虚無感が生まれる。

(なんで私たち、同担拒否なのに、一緒に興奮していたんだろう? しかも、同じタイミングに同じセリフ……)

 二人で無言で帰る。帰るべきは同じ方向なのだから、自然と一緒に帰ることになった。

【4】

 翌日の放課後。千聖と一緒に帰りがてら、昨日の出来事を話した。

「そうなの? 仲良くなれそうじゃん!」
「いやいやいやいや、同担とかないわ」
「でも、仲良く手を繋いだんでしょ?」
「うっ!」

 そう言われて、自分の両掌を見つめる。手を繋いだことを思い出し、頬が赤くなる。
 推しに対する好きと、リアルで恋した相手に対する好きは違う。
 私は推しのコンサートを見ていた時は、セナ君のことで頭がいっぱいだったが、今、思い出すのは花畑さんのことばかり。頭から湯気が出そうだ。
 そんな私を見かねて、千聖は提案してきた。

「古典的だけど、ラブレターを渡してみたら?」
「……ホントに古典的だね。今時ラブレター?」
「でも、差出人を書かないで渡せば、八重のことを避けないんじゃない?」
「……」

 私は考え込んだ。確かに順番が逆な気もするけど、自分の気持ちを伝えてからでないと、花畑さんはまともに取り合ってくれないだろう。

「ちょっと考えてみるね」
「うん」

 千聖と別れた後、一度、家に荷物を置いて着替え、雑貨屋にレターセットを買いに行った。
 そして、今更ながらに、文章に悩む。セナ君は男の子。男の子を推している花畑さんが、女の子、つまり私と付き合ってくれるのだろうか?
 気にもせずに、普通に百合漫画やライトノベルを読んでいたので、感覚がバグっていた。
 悩んだ結果。自分の気持ちをそのまま伝えるしかないという結論に至り、感情のままに書き綴った。

【5】

 さらに翌日。
 いつもより、早く登校した。いつも一緒に登校している千聖には、『今日は一人で学校に行く』とだけ、ショートメールで伝えておいた。
 教室に入り、花畑さんの席に、昨日書いたラブレターを忍ばせておいた。私は無言で祈る。
 自分の席に着くと、やがて、ぱらぱらとクラスメイトが登校してきた。
 教室内は、段々と賑やかになってきた。
 花畑さんも登校してきて、それとなく視線を向けると、机の中に教科書などを入れていた。そこで彼女は私のラブレターに気づいたように、一瞬動きが止まった。その後すぐに何事もなかったかのように、いつも通りのルーティンをこなした。

「おっはよう!」

 花畑さんに見惚れていたところに、急に声をかけられた。振り返ると、声の主は私の親友、千聖である。にやにやしつつ、尋ねてくる。

「なんて書いたの?」
「……秘密」
「じゃあ、何かあった時の為に助言ができるように、どこでどのタイミングで告白するの?」

 私は顔全体を赤くしつつ答える。

「今日の放課後、人が掃けた後に、二人きりで話したいって……」

 千聖はそれを聞いて、悩ましげに答える。

「ん~、それって、一旦八重も教室を出て帰るふりをするということ?」
「あ……」

 それどうしよう? 一緒に残ったら、一発で私ってばれるよね。人が減っていく中で私だけが、そのままいるって変だよね?
 千聖に言われて気づいたので、確認の為に、千聖にも意見を聞く。

「一旦、帰ったふりをした方がいいのかな?」
「う~ん? その方が良さそうな? 二人きりで話した方がいいんじゃない?」
「だよね……」

 自分が計画していたことを少し変更して、帰った振りをしてから、教室へと戻ることにした。

【6】

 放課後になり、みんなは授業からの解放感で、騒ぎながら段々と帰って行った。私もひとまず、帰る人たちに混ざる。
 だが、ふと思う。みんなが帰ったのをどうやって確認すればいいのだろう?
 そう思った私は、千聖に協力してもらい、校庭から会話をする振りをして、教室を見つめる。幸いなことに、花畑さんの席は窓際で、席についている姿が見える。
 そこでまた自分のミスに気付いて、千聖に泣きつく。

「ね、ねえ、これじゃあ、花畑さんがいるのはわかるけど、他のクラスメイトがいるかどうか分からないよ! どうしたらいい?」

 他人事の千聖は、目を太陽の日差しを遮りつつ、教室を見て呟く。

「あ、花畑さんが立った」
「え?」

 私は慌てて駆け出す。きっと、花畑さんが最後となり、誰も来ないので、帰ろうとしているのであろう。
 だが、玄関から教室の間までで、花畑さんの姿を見かけていない。たまたま立ち上がっただけで、まだ教室にいるのかもしれない。
 私は呼吸を整えて、そっと教室を覗き込む。
 教室内には、花畑さんが一人だけ椅子に座り、机に突っ伏している。それを見て疑問がわく。

(なんで、私の席にいるの?)

 疑問は置いておくとして、目的をやり遂げるために、教室のドアを開けて中に入る。
 ドアが開く音に、花畑さんが反応して、上体を起こした。

「あ……」

 花畑さんの小さな声。私が来ることが意外だったみたいな反応。それもそうか。男の子がラブレターを出したのかと思ったことだろう。

「え、えっと花畑さん……」

 私が言い淀んでいると、花畑さんは顔を真っ赤にしている。そして、小声で呟く。

「……もしかして、春木さん……?」

 この質問が、ラブレターのことを指しているのは、彼女の表情で分かる。私は勇気を振り絞り、頷いた。

「……うん……花畑さんへの想いは、手紙に書いた通り……その……気持ち悪かったよね。ごめんね」

 私は自虐した。想定していたことだから。だが、花畑さんは想定外のことを言い出した。

「……あたしも……初めて会った時から気になっていたの。同じクラスになったとき、もっと仲良くしたいって。でも、勇気が出せなくて」
「え?」

 そう言うと、花畑さんは再び私の机に突っ伏す。

「何度も言わせないでよ!」

 予想外の結果に、思考がついていかない。しばらくしてから、我に返る。

「え? じゃあ、付き合ってくれるってこと?」
「そうよ」

 お互いの顔が赤い。窓から差し込む夕陽の赤さなのか、両想いに頬が火照っているのか分からないほどに。

「い……一緒に帰ろう」
「……うん」

 彼女に手を差し出すと、彼女はその手を取った。
 そして、校舎を出ていく。千聖は気を利かせて、先に帰ったようだ。
 私と花畑さんは、セナ君のことで喧嘩をしながら帰って行く。
 手はお互いに握りしめたままに……。

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